読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「我慢」なんて全然美徳ではない件〈再掲〉

人は生きていくうえである程度の我慢は必要である。 しかし、我慢することを必要以上に神聖視したり絶対視すると様々な問題が起きる。人としての尊厳が損なわれる場合もある。 初出 2016/2/12 僕たちは幼少時から我慢することを我慢の大切さを教え込まれる。…

人に多少の迷惑をかけても生き延びることが大切だという件

僕たちは幼少時から他人に迷惑をかけてはいけないと刷り込まれる。 人に迷惑をかけることを恐れ、人から迷惑を被ることもまた恐れるようになる。迷惑をかけない生き方が「自立」だと思い込んでいる。 高齢者や障碍者の介助の現場でも、自殺においても「他人…

内面や私生活に介入されたくない件

僕たちはどのような思想や信条を持とうとも自由である。たとえそれらが現体制の破壊を企図するものであっても内面で留まり表立っての行動に出ない限り自由を侵されることはない。また自分の私生活を他者にとやかく言われる筋合いもない。 こんなことを書くと…

家柄や生まれによって生き方が決まるのは不条理である件〈再掲〉

相変わらずこの国では「家柄」に対する幻想がある。 ある人の能力や人格に家柄は関係ない。 家柄に対する幻想がなくならない限り、世襲もなくならない。 初出 2016/2/4 僕は貧困問題に多大な関心がある。行き過ぎた格差についてはこれを是非とも失くすべきだ…

「完全」や「健康」ばかりを求められる社会はおかしいという件

僕たちは不完全な存在である。 だからこそ完全な存在である「神」という概念を創りだし、宗教を生み出したのだ。 自分が不完全な存在であることを知り、それを超越しようとして様々な知的活動を営々と続けてきたのである。 しかしながら、僕たちは実生活にお…

「いいかげん」で「適当」なことは良いことだという件〈再掲〉

僕は「ゆるく」ものごとを考え、生きていきたいと思っている。 そのために「いいかげん」で「適当」である自分を肯定している。 必死になって完璧さを追求しても、それが楽しい人生につながるとは思えない。 初出 2016/2/1 生真面目な人、完璧主義者といった…

誰もが幸せに暮らせるユートピアなんて存在しない件

社会の変動の影響を最も受けるのは庶民である。 戦争のときには兵隊として戦場で使い捨てにされ、不景気のときはその影響をモロに被り生活が苦しくなる。時代を遡れば、飢饉となれば飢餓状態に陥り餓死者も多く出た。 一方、どのような社会状況下でもしたた…

この社会では「自己肯定感」が徐々に奪われていくという件

この世知辛い世の中で生きていくためには自己肯定感を持ち続けることが大切になってくる。 自分はこの世に存在していてもいいんだ、と思えれば大概のことは克服できる。 僕がこれまでに何とか生き延びることが出来てきたのは自己肯定感を失うことがなかった…

「ゆるい」ネットワークを創り、大切にしたい件〈再掲〉

ガチガチに縛られる組織にずっと属して働き続けるのは辛いものがある。 かといって人はひとりでは生きていけない。 ならば、水平的な、各人が対等なネットワークを創って働き、生きていく方法が最適である。 初出 2016/1/28 人はひとりでは生きていけない。 …

「人生設計」って本当に必要なのかという件

生きていくうえで計画性が必要だとさも常識のように言われている。 確かに行き当たりばったりで計画性がない行動を続けていると「不安定」な人生になってしまう。多くの人たちが「安定」に価値を見出しているこの社会では安定に資するような人生設計が必要不…

無理してまでも「頑張る」ことなんてない件

僕たちは程度の差こそあれ頑張って生きている。 一見怠惰に過ごしているように見えている人でも、その人なりに頑張っているのだ。 この社会では「頑張る」ことがさも当然という風潮がある。もし何らかの理由で頑張っていない人を見つけるとその人に対して「…

「物乞い」をしている人たちを殆ど見かけなくなった件

僕は歴史に興味がありその関係の本をよく読んでいる。特に被差別民、遍歴・漂泊していた人々に関心が深く、「非人」等について書かれた著書を好んでいる。 そこで時々ふと思うのだけれども、最近街中に物乞いをしている人がいなくなったことが妙に気になるの…

「逃げ道」を用意しておくことは絶対に必要である件

人生において克服が困難な出来事に遭遇することがある。仕事に行き詰ったり、愛する者を失ったりすると生きていくことが辛く感じることがある。 壁にぶち当たったときには、その壁を打ち壊し正面突破の方法で克服することが賞賛される。 現に困難にぶつかっ…

「素直」なことは決して美徳ではない件〈再掲〉

僕は本質的には素直な人間ではない。天邪鬼のひねくれ者である。 ただし、雇われて働くうえで、勤め先では「素直」さを装うようにしている。その方が何かとうまくいくからである。世の多くの人は素直な人を好む。そこが僕は気にくわない。 初出 2016/1/7 人…

「ものわかりがよい」ことは決して良いことではないという件

僕たちは常に相手を慮って「ものわかり良く」対処することが求められている。 自分の正しさや権利を主張することが憚られるケースが多々ある。正しさや道理が「互いにそこそこ納得する」という空気によってないがしろにされるのだ。 相手を慮って、空気を壊…

カネを多く稼いでも成功者であるとは限らない件〈再掲〉

少しでもカネを多く稼げるようになりたい、と大抵の人はそう思う。 カネだけがすべてじゃないとはいえやはり世の中はカネ次第であると多くの人は思っている。 でも、カネを稼ぐ人が偉いという風潮にも抗いたくなる。 初出 2015/12/25 資本主義体制下の社会で…

ビンボー人は「敗者」ではないという件

カネ万能のこの世の中でビンボーであるということはかなりのハンディとなる。「カネがすべてではない」なんて言いぐさは所詮は綺麗ごとに過ぎない。資本主義体制の社会ではカネを多く稼げる者、カネを沢山持っている者が勝者であり、カネを人より多く稼ぐこ…

会社を辞めることなんて大したことではないという件

サラリーマンは気楽な稼業だと、昔に植木等が主演した映画では描かれていた。昔は昔で勤め人の苦労はあったと思うが、今ほど被雇用者が多くない時代にはサラリーマンは憧れだったのかもしれない。宮使い、月給取りとも言われ、サラリーマンは「安定」してい…

自己犠牲を厭わない人は他者の命を軽んじるという件

最初はちょっと「大きな」話をしてみよう。 絶対的な正義を信じる人、特定の思想に殉じる人たちがいかに恐ろしいかということを。 スターリン、ポル・ポト、毛沢東といった独裁者はおびただしい人たちを殺戮した。彼らに共通しているのは、その殺戮が「正義…

孤独を恐れず、孤独と向き合っていきたいという件

僕はひとりで行動することを好んでいる。 何人かで集まってワイワイするのも好きだが基本は単独行動である。 ひとりで喫茶店に入り、タバコを吹かしながら読書しているときが至福の時間である。 今の学生は「ぼっち」になることを忌避していると聞いたことが…

ただひたすらに、ゆるく働き、ゆるく生きていきたい件

一旦会社や組織に属すると、自分の私生活を差し置いても会社に尽くすという働き方が「善」とされてきた。今もこの考え方は随所に生きている。 仕事を最優先する生き方が真っ当であり、普通であるとの考え方も未だにこの社会に根付いている。 僕もかつては仕…

「やる気」ばかりを重視するのはおぞましいという件

僕はやる気を見せることが嫌いである。僕の取るに足らない美意識であるが、涼しげな顔をして問題をクリアすることがスマートだと思っている。 この美意識は僕が幼少時から抱いているものであって、人前で勉強を決してしなかったし、働き始めてからも意欲やや…

「成功体験」よりも「失敗体験」の方が大切だという件

自己啓発系の著書やセミナーでよく語られているのが、「成功体験」を持つことの大切さである。小さな成功体験を積み重ねることによって、自分に自信が持てて、成長し仕事の成果が上がるということだ。 この考え方は概ね正しいように思われる。 小さくても、…

僕は昔「お家再興」という時代錯誤な考えにとらわれていたという件

僕は今でこそ怠け者のダメ人間であるが、40歳になる頃までは仕事に情熱を傾けていた。 社会的に成功して経済的に豊かになりたい、地位や名声を得たいと本気で考えていたのだ。 そして心の奥底では没落した我が家の家名を上げたいとの思いがあったことは否め…

「寄らば大樹の陰」という生き方はつまらない件〈再掲〉

僕は安定なんて幻想だと思っている。 強い者に庇護された生き方なんてクソくらえだと思っている。 ゆえに生きづらさを抱えながら生きている。 初出 2015/12/7 「寄らば大樹の陰」。 僕が最も嫌いな故事成語である。 「強いものには巻かれろ」と同じくらいに…

人は「承認」されると喜びを感じるけれど、そこには落とし穴があるという件

人は誰でも承認欲求がある。 他者に認められると喜びを感じ、やりがいや生きがいが生まれてくる。 自分がなした仕事が会社や上司、同僚に認められることは何物にも変えがたいものである。仕事以外でも、勉強にしても地域活動にしても他者から認められるとや…

「国に頼るな」というもっともらしい言説には注意せよ、という件〈再掲〉

近代以降の社会では人は自立した個人として生きるのが善とされてきた。 このことを突き詰めると過剰な自己責任論となる。 自己責任で片付けた方が国家にとっては好都合となる。 初出 2015/12/2 自己啓発モノの定番として、「国に頼るな」「会社に頼るな」的…

現実を見ることは辛いけれども現実から目を背けてはならない件

現実を直視することはなかなかに辛いことである。 僕たちは理想と現実のギャップに直面し、折り合いをつけながら何とか生きている。 僕はこのブログで何度も言及しているが、世のサラリーマンは自身が「労働者」であるという現実から逃避しているのも、その…

僕は学歴主義者かも、と時々思う件

僕は能力主義者であって学歴至上主義者ではない、というのが僕の立ち位置である。ただ、能力主義を突き詰めていくと学歴主義者に近づいてくる。 僕は生まれや家柄で社会的な地位が決まるような社会を嫌悪している。問題が多々あるとはいえメリトクラシー(業…

自分のことを自慢する奴にロクな奴はいない件〈再掲〉

人は自分の自慢話をしたがるものだ。これは仕方のないことである。 しかし他人の自慢話ほど鬱陶しいものはない。 自慢話は誰からも歓迎されない、ということを覚えておかなければならない。 初出 2015/11/18 僕だけに限らず多くの人たちは他人の自慢話に辟易…

自律性を強く意識しないと、周囲の空気に流されるという件

僕たちは周囲の雰囲気や「空気」についつい流されてしまう。自分の思っていることを素直に口に出すことや自分の思いのままに行動を起こすことは難しい。周囲との軋轢を避け、周囲と調和するような言動をしがちとなる。 自分の思うがままに行動すれば「わがま…

「レール社会」から外れても生きていける社会を切望する件〈再掲〉

こうあるべきだ、という生き方を決められた社会は息苦しいし面白くない。 世間の常識らしきものに縛られることはない。 アウトサイダー的に生きている人たちが活き活きと過ごせる社会が健全である。 初出 2015/10/29 この国は未だに強固な「レール社会」であ…

ダメ人間だからこそ楽しく生きていける件

このブログで何度も書いているように、僕はダメ人間である。 しかも困ったことに歳を重ねるごとにダメ人間度がアップしている。 雇われて働くことが日を追うごとに嫌になっている。1日8時間労働、週5日勤務なんて僕にとっては労役、苦役以外の何物でもない。…

真昼間から大っぴらに酒を飲める社会がいいという件〈再掲〉

僕は酒を飲まないが、もし酒を飲める体質だったら、昼間から酒を飲めたならばものすごいハッピーな感じになるだろう。 昼間から酒を飲んでいる人たちがわんさかいて、そんな人たちを特別視しない「ゆるい」社会がいい。 初出 2015/10/22 平日の昼間から酒を…

自分は取替え可能な存在である、が悲観することはないという件

人は誰もが唯一無二の存在である。 自分はこの世界でただひとりであり、かけがえのない存在である。 この考え方は正しい。 誰も自分に代わることはできない。 しかしながら、現実は悲しいかなそうではない。 人は社会の中の様々な関係性を保ちながら生きてい…

リスクを避けることばかりに気を取られるとドツボに嵌るかもしれない件

今でも世の多くの親たちはわが子に良い学校に行かせて一流と言われる会社に勤めることを願っている。何よりも「安定」を望んでいる。リスクを取らないとされる生き方が良いと思い込んでいる。 人生においてノーリスクなんてありえないことだ。 同時に「安定…

自分の中から「奴隷根性」を一掃したい件〈再掲〉

僕は何者にも隷属したくない。国家や会社、世間の常識などというものに。 実際にはなかなか難しいことだが、自分の意志を貫きながら生きていきたい。 初出 2015/10/7 僕は常に自由でありたいと思っている。 完全なる自由など幻想に過ぎないことは重々承知し…

僕は「自分らしさ」という言葉が嫌いである件

人は誰しも世間のしがらみに縛られずに自由に好きなように生きたいものだと思う。 世に出て働くようになると、自分を押し殺す場面が増えてくる。我を通すと人間関係が壊れたり、仕事が立ち行かなくなったりする。 世に多く出ている自己啓発もので相変わらず…

僕は若い頃よりも今のダメ中年オッサンの自分が好きである件〈再掲〉

僕は若い頃には戻りたくない。 また、若いときの自分が好きではない。競争社会に何の疑いを持つことなく、新自由主義的な考え方に疑問を持たずに生きていたあの頃の僕はゆとりもなく面白味もない人間だった。 ダメ人間であると自覚して生きている今の自分が…

「安定」よりも「安心」が大切である件

大抵の人たちは安定した生活を望んでいる。 また、大抵の人たちは安心できる社会、安心して生活できることを望んでいる。 勿論、両者とも大切なことである。安定や安心が欠けた社会では生きやすいとは言い難い。 しかしながら、天邪鬼の僕は「安定」志向に異…

「好き嫌い」があっても構わない、「好き嫌い」を押し通しても構わない件

食べ物の好き嫌いをしてはならないと僕は小学校のときに散々言われた。 僕は給食の時間が苦痛でならなかった。肉類が全くダメでその他にも嫌いな食べ物が多かった。 当時は給食を残すことは許されず、食べられなかったら給食の時間が終わっても食べさせられ…

今真っ当に生きている人たちはたまたま運が良かっただけだという件〈再掲〉

中流以上の境遇にある人たちの大半は今あるのは自分の能力や努力の賜物だと思っている。たまたま幸運に恵まれただけなのにそういう思考様式を持っている。それはそれで結構だが、恵まれていない人たちに「努力が足りない」「能力不足」だと言ってバッシング…

人付き合いは悪くてもよい件〈再掲〉

僕は歳を取るにつれて人付き合いを煩わしく感じるようになってきた。 それでも別条なく生きている。 人付き合いに無駄な精力を注ぐことを止めた方が良いこともある。 初出 2015/9/24 多くの世の人々の悩みの種は人間関係である。 仕事を辞める理由の大半は人…

自己啓発や能力開発ばかりしていては辛くなる件

僕たちが働くうえで決められたことだけをしていては評価されない。たとえマニュアル通りの単純作業であっても創意工夫を求められる。営業にしても事務系の仕事にしても接客の仕事にしても、それぞれ自己啓発や能力開発を強いられる。 仕事の遂行能力を高める…

ダメ社員=ダメ人間ではない件

多くの人たちは自分が職場で評価されなかったり「できない人」扱いされると、自分自身の人としての価値を貶められたと感じてしまう。 仕事のできない奴は人として最低だとされてしまうのである。仕事での評価=人としての価値だと錯覚してしまうのだ。新卒の…

「決められた人生」に抗っていきたい件〈再掲〉

世に出て働くようになると自分の人生があらかた決まってしまったように感じてしまう。それは思い込みに過ぎない。何歳になっても自分の意志で人生は変えられる。 初出 2015/9/17 多くの人は自分の人生は己自身で決めていると思っている。「自己決定」の結果…

「落ちこぼれる」ことを何とも思わなければ楽に生きていける件

僕たちは「落ちこぼれ」になることを極度に嫌う傾向にある。他者から落ちこぼれのレッテルを貼られると、自分が最低の人間だと感じてしまう。学校でも会社でも教師や上司たちは落ちこぼれたら人生の落伍者だぞと、競争を強いる。 僕は真っ当な人たちから見れ…

「引きこもり」は決して異常なことではない件

僕は今までの人生で二度引きこもったことがある。 一度目の引きこもりは小学校5年生の頃に不登校になったときである。両親は当初は軽く考えていてすぐに学校に通うだろうと高をくくっていた。しかし、不登校が長期化するにつれていよいよ心配になり、僕を神…

うそをついても全然構わないという件

僕たちは幼い頃から「うそをついてはいけない」「正直者になれ」と散々言われ、そう刷り込まれてきた。うそつきは悪人であると、人として最低だと刷り込まれてきた。 確かに他者を陥れたり、悪意をもって欺くことはいけないことだ。人として当然のことである…

困っている人を見かけたらちょっと手助けをする、が当たり前になればいいという件

人は太古の昔から助け合って生きてきた。 狩猟をメインとしたときも農耕をメインとしたときも共同体を作り、そこに属して自分の役割を果たしながら、成員として認められることにより自分の居場所を確保してきた。 近代以降は「個」の自立が尊ばれて、中間団…