希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

生きるということ

僕はある時から自分を甘やかすことにしているという件

僕たちはずっと「自分に厳しくあれ」的な生き方を推奨されてきている。 将来の自分のあり方を見定め、目標を設定し、自分自身を叱咤激励しながら生きていくことが正しいとされてきたのである。 僕もご多分に漏れず「自分に厳しく」というイデオロギーを信じ…

弱いことは悪ではない、善であるという件

今のこの社会では「弱いこと」は悪である、とみなされがちである。 競争に勝て、成長しろ、人に頼るな助けを求めるな、自己責任だ、といったように人を急き立てる。 真っ当な「社会人」とは正社員として勤めていて、常に成果を出して上司や同僚に評価され、…

苦労話を嬉々としてする人は信用できないという件

このエントリーのタイトルと矛盾するが、僕はわりと苦労話を見聞きするのが好きである。 ただ、すべての苦労話が好きだというわけではない。自分が体験した事実を淡々と述べた苦労話に好感を持つのである。そして自分が経験したことを苦労と感じていないこと…

行き当たりばったりでも大抵は何とかなるという件

僕たちは学生の頃から「将来のことを考えろ」とか「計画的に行動しろ」といった類のことを言われ続けてきた。 「行き当たりばったり」は忌むべきものとされてきたのである。 一般論としてあるいは常識的な思考からすると将来のことを見据えて計画的にした方…

「楽しさ」を感じられない労働は「苦役」であるという件〈再掲〉

労働は苦役である、と同時に喜びをもたらすものでもある。 欧米的価値観が絶対的に正しいとは思わないが、労働は苦役であるという側面は無視できない。一方で労働は尊いという価値観がこの社会を覆っているという事実も無視できない。 初出 2017/2/2 一般的…

いつの間にか自分というものについて考えなくなっていたという件

人間以外の生物は自分の子孫を遺すことと生き延びることを目的として生きている。生殖の相手と食料を追い求めるだけの一生だと言ってもいい。 人の場合はそうはいかない。 なかなかシンプルな生き方ができないのだ。 自分とは何か、自分はなぜ生きているのか…

会社を辞めることなんて大したことではないという件

会社勤めのサラリーマンで一度も会社を辞めたいと思ったことがない人なんているのだろうか。大抵の人たちはこんな会社辞めてやる、という言葉を飲み込んで我慢して勤め続けているのではないだろうか。 会社を辞めることはなかなかに難しい。とんでもないブラ…

仕事だけの人生なんて本当にクソつまらないという件〈再掲〉

仕事なんて人生のほんの一部に過ぎない、と僕はこのブログで何度も述べている。この考え方が絶対的に正しいとは思わないが間違っているとも思えない。仕事=人生だと思い込まされていると生きづらさが増幅する。 初出 2017/1/31 人は生活を成り立たせるため…

人の「やる気」を引き出そうとすればするほどその人はやる気をなくすという件

殆どの人はやる気を出せと発破をかけられればかけられるほどやる気をなくしてしまう。これは「やる気のジレンマ」とでも言うべき現象である。 大体がやる気なんてものは内発的動機づけがあってはじめて発揮されるものであり、人からやいのやいのと言われて出…

人は皆「死亡率100%」。でもそのことを忘れてしまいがちだという件

人は生まれながらに不平等である。 これは厳然たる事実である。 才能に恵まれた人(特に「稼げる」才能)もいればそうでない人もいる。裕福な家に生まれた人もいれば貧しい家に生まれた人もいる。人生が思うとおりにとんとん拍子に進む人もいれば挫折ばかり…

苦労することを賛美するのはとても無責任だという件〈再掲〉

この国の人たち、特に年輩者は苦労話が好物である。 「苦労しなければ一人前じゃない」といった類の妄言を信じている節がある。こんな精神主義や根性主義がまかり通っているようではお先真っ暗である。 初出 2017/1/12 僕は苦労なんてしたくない。 できれば…

「やってみなければ分からない」ことを理解できない人とは話ができないという件

僕は「やってみなければ分からない」をモットーにしている。 まあ実際にはなかなかそうはいかないけれども、何かひらめいたらまずはやってみることだと自分に言い聞かせている。 僕はこれまでに「やってみなければ分からない」と思い立って色々なことをして…

ダメ人間だと自覚すればするほどワクワクしてくるという件

僕はダメ人間だと自覚している。このブログでも何度も自分のダメさ加減を書いている。人から「いやぁ、ダメ人間なんかじゃないですよ~」とかなんとか言われたいとは思ってはいない。 でも、「あんたは無価値な人間」だとか「下劣な人間」とか言われるととて…

「自分らしさ」って本当に大切なものなのかという件

人は誰しも世間のしがらみに縛られずに自由に好きなように生きたいものだと思う。 世に出て働くようになると、自分を押し殺す場面が増えてくる。我を通すと人間関係が壊れたり、仕事が立ち行かなくなったりする。 世に多く出ている自己啓発もので相変わらず…

「素」をさらけだすのは良いことではないという件〈再掲〉

人は場面に応じて様々な顔を使い分けている。 「本当の自分」なんてあってないようなものである。 人の「素」の部分を詮索することなんて無意味である。 初出 2016/12/22 僕は「素」の自分をさらけ出すことに強い抵抗がある。 「素」をさらけ出すという行為…

「正しい生き方」なんてこの世には存在しないという件

人の生き方は千差万別である。 どのような生き方を選択するかは人それぞれの自由であり、他者にとやかく言われる筋合いのものではない。 何を当たり前のことを言っているのか、と思われるかもしれないがこの当たり前のことが蔑ろにされがちなのである。 僕た…

自立とひとり暮らしをすすめるのは誰かの陰謀かもしれないという件〈再掲〉

「自立」の一般的なイメージは親元を離れて独立した生計を営むことである。世帯を構成する人数が少なくなり、個に分解されればされるほど消費が増える。資本主義体制下では家族が解体される方が好都合なのである。 初出 2016/12/12 僕は高校を卒業して大学に…

世間で「正しい」とされていることの逆をいけば生きやすくなるかも、という件

僕たちは子どもの頃から「正しいことを言う大人たち」にあれこれ言われ刷り込まれてきた。学校の先生をはじめ、自分の親、親戚のおじさん・おばさん、近所のおっちゃん・おばちゃんたちに正しいことを言われ、それに従うことが「良い子」だとされてきた。 世…

「自己決定」「自己責任」イデオロギーから解き放たれると生きやすくなるという件

僕たちは子どもの頃から「自立」を強いられる。 自分ひとりの力で生きていけるようになれと言われ続け、人に頼ってはいけないと刷り込まれる。 資本主義的なイデオロギー、特に新自由主義的価値観の下では人はみな個人単位に分解されて、個の力を頼りに生き…

「怠ける権利」なんて本当にあるのか、あってもいいという件〈再掲〉

怠けること、怠惰なことが「罪」だとみなされるようになったのは近代になってからである。資本主義体制の国家の、国民国家の生成と関係がある。 怠けることによって創り出されるものがある。 初出 2016/11/29 ここんところずっと憲法の改正論議が続いている…

誰かに認められようとすることはもうほとんどやめたという件

多くの人たちは自分以外の他者に認められることを欲している。 「承認欲求」といわれるものである。 この承認欲求が原動力となって、人は何かを為そうとする。 承認欲求が意志や力の源泉となる。 人は自分ひとりのために生きていくことは難しい。 学生時代に…

時にはリスクを「取る」ことをしないと、何も生まれないという件

僕たちは生きていくうちに様々なリスクに見舞われる。 現状を打破するためにリスクを取ることもあれば、現状維持のためにリスクを負うこともある。 次から次へと自分に降りかかってくるリスクに対して、僕たちはその場の状況に応じて対処しなければならない…

「石の上にも三年」を鵜呑みにしてはならないという件

僕はかつて年長者から「石の上にも三年」的な説教をしばしば受けたことがある。その時は釈然としなかった、と覚えている。 なぜ嫌なことを我慢しなければならないのか。無理してまでも嫌なことをやり続けなければならない理由がどこにあるのか。「石の上にも…

「したくないこと」をやらない生き方をしたいという件〈再掲〉

この社会では「忍耐」や「我慢」が美徳とされてきた。 嫌なことややりたくないことをやり遂げることが大切だという悪しき精神主義・根性論が蔓延している。 この手の洗脳を解くことから始めなければならない。 初出 2016/11/8 僕たちは嫌なことややりたくな…

時にはぶらぶらとすることが大切であり、怠惰であることも必要であるという件

ごく一部の人たちを除いて、人は生活を営むために働かなければならない。会社に雇われるにしても自営・フリーランスという形にしても。 働いている状態が当たり前であるという世間の常識によって、仕事を失えばそれが即あってはならない状態とみなされること…

僕はヒマ人だけれども退屈ではないという件〈再掲〉

僕は常にヒマ人であり、またそうあろうとしている。 忙しければ余計なことは考えない。しかし、僕はヒマ人であることで「余計なこと」を考え続けようと思っている。 初出 2016/11/1 僕がヒマ人的生き方をするようになってから随分と経つ。 自分がヒマ人だな…

僕は「はみ出し者」として生きていきたいという件

僕は勤労意欲が低くてとても会社に雇われて正社員として働き続けることができない。これまで何度も正社員として働くことを試みたけれどもどこも長続きはしなかった。 世間で言うところの真っ当な生き方ができないダメ人間なのである。 以前は自分がダメ人間…

人を見かけだけで判断するな、というのは果たして正しいのかという件

僕たちは無意識の裡に人を見かけで判断している。 第一印象が後々まで尾を引くという話もある。 ぱっと人を見てその人が信頼に足るのか判断するというのは元々人に備わった本能なのかもしれない。 「見かけ」というのはその人のルックスやスタイルの良しあし…

自立とは誰かに「助けて」と言えることであるという件

僕たちは常に他者から世間から「自立」することを強いられる。 一般的には生活費を自分で稼ぎ、誰からも援助を受けずに自力のみで生活を成り立たせている状況にあることを自立とみなされる。 世間では自立できていないと目される人たちを「ごくつぶし」だの…

真っ当な生き方をしなくても、楽しく生きていけるという件

世間で言うところの「真っ当な生き方」をしていれば大過なく人生を送ることができる。 世間との軋轢も避けることが出来るし、社会的信用もそこそこついてくる。 ある組織に帰属して「安定」した地位と待遇を受けていれば安泰だとかつては考えられていた。こ…

僕はひきこもり体質である件〈再掲〉

僕は出不精であり面倒くさがりである。 だから意識しないとひきこもり的な生活になってしまう。 僕の場合の「ひきこもり」は病的なものではなく体質的なものである。 初出 2016/9/29 僕は短期間ではあるが何度かひきこもり生活を送ったことがある。その原因…

他者の自由を奪うことは快楽につながるという件

僕は自由に生きること、自由であり続けることを大切にしている。完全なる自由など幻想にすぎないと分かってはいるけれども、限定はされていても自由であり続けたいのである。 人は人が大切にしているものを奪うことに快感を覚える、という側面がある。倫理的…

「家族団らん」が当たり前だと思っていた件

僕は高校を卒業するまで両親と暮らしていた。 数年前に父の死をきっかけとして実家に戻るまで20年以上ひとり暮らしを続けていたことになる。 両親とともに暮らしていた頃の記憶はかなり薄れてきているのだけれども、家族団らんの雰囲気は未だに覚えている。 …

会社になんか行きたくない、そう思っているあなたはまともだよ、という件

以前のエントリーでもふれたが、会社に行きたくないと思うことは誰にでもあることだ。 職場の人間関係が良好でない、上司がバカである、仕事自体がつまらない等々理由は様々である。 僕は常に会社に行きたくない病に罹っている。仕事がつまらなくなくても、…

「先のことは分からない」という事実を僕たちは看過しているのではないかという件

未来に起こることなんて誰にも分からない。 マクロな視点からの未来予測が困難であること、ミクロな視点からの自分がどうなっているかなんて分からないこと、いずれも同じことである。 「先のことなんて分からないよ」といった類の言葉を発すると大抵の人は…

人は欲望を完全に捨て去ることはできないという件

資本主義体制は人の欲望を肯定しその欲望を充足させるために拡大再生産を続ける、という前提の下で成り立っている。 すべての人が(あるいは大多数の人が)商品やサービスを求めなくなると資本主義社会は瓦解する。 今の体制は人の本性に根差したものだとい…

ゆるく生きて、ゆるく働いて、これのどこがいけないのかという件

一旦会社や組織に属すると、自分の私生活を差し置いても会社に尽くすという働き方が「善」とされてきた。今もこの考え方は随所に生きている。 仕事を最優先する生き方が真っ当であり、普通であるとの考え方も未だにこの社会に根付いている。 僕もかつては仕…

この社会では「自己肯定感」が徐々に奪われていくという件〈再掲〉

自分はこの世に存在していてもいい、生きるに値する人間だという自己肯定感を持ち続けることはとても大切なことである。 しかし、僕たちは様々な「選別」にさらされ、自己肯定感が削られていく。人としての存在が否定されるほど悲しく残酷なことはない。 初…

「楽しさ」を感じられない労働は「苦役」であるという件

一般的にこの国の人たちは勤勉だとみられている。また勤勉が美徳だという価値観・労働観が浸透している。 多くの会社や経営者は「働く喜び」「働けることへの感謝」などを繰り返し説いて労働者を酷使している。 欧米では労働は苦役である、とされていたとい…

仕事だけの人生なんて本当にクソつまらないという件

人は生活を成り立たせるためには何らかの形で働かなければならない、というのは自明のことである。 自分の(あるいは家族の)食い扶持の分だけ稼げばあとは何をやっても自由だというわけである。 ところがそんな「ゆるい」働き方や生き方が世間一般で認めら…

無理してまでも「頑張る」ことなんてない件〈再掲〉

僕たちは幼いころから頑張ることを強要される。 頑張ることが絶対的に善だという考え方は悪しき精神主義につながる。 また、同時に思考停止状態にも至ることがある。 初出 2016/7/26 僕たちは程度の差こそあれ頑張って生きている。 一見怠惰に過ごしているよ…

僕の「ひきこもり」体験を語ってみる件

僕はそれぞれ短期間であるが2度ひきこもりに類した経験をしている。 小学校5年生のときに不登校になった際が1度目、40代半ばのとき社労士事務所を畳んで再就職後にうつをちょっとこじらせたときが2度目である。 前者の不登校時の記憶がもう殆ど残っていない…

嫌なことや辛いことから逃げることは悪いことではないという件

人は誰しも嫌なことをしなくても済めばそれに越したことはない。 嫌なことをやり続けると精神衛生上良くないし、そのことによって心身を壊してしまうこともある。 この国では古来から嫌なことをやり続けることが美徳であるという風潮がある。何事も我慢が肝…

苦労することを賛美するのはとても無責任だという件

僕は苦労なんてしたくない。 できれば楽をして生きていきたい。 効率的に稼いで自由時間をたっぷりと確保してその自由を満喫し面白く楽しく生きていきたい。 「苦労は買ってでもしろ」と先人は言ったらしい。この言葉を金科玉条としている人が結構いる。成功…

「寄らば大樹の陰」というメンタリティには陥りたくないという件

「寄らば大樹の陰」。 僕が最も嫌いな故事成語である。 「強いものには巻かれろ」と同じくらいに。 確かにこの世知辛い世の中を泳ぎ渡るのに必要な処世術だとは思う。権力に抵抗しても碌なことにはならない。強い者に媚び諂って生きた方が結果として「実」を…

「素」をさらけ出すのは良いことではないという件

僕は「素」の自分をさらけ出すことに強い抵抗がある。 「素」をさらけ出すという行為ははしたないもので自己満足に過ぎないのではないか、と思っている。 それぞれの場面に応じたフィットする仮面をかぶっていればよいと考えている。 僕は「素」の自分にはと…

ビンボー人は「敗者」ではないという件〈再掲〉

ビジネスに成功して経済的に豊かになった人が勝者だとされることにどうも合点がいかない。たとえそれが資本主義体制を支えるイデオロギーによるものだとしても。 そもそも何事にも勝ち負けをはっきりさせること自体が間違っている。 初出 2016/6/28 カネ万能…

自分の弱さや不完全さを認められれば、誰に対しても寛容になれる件

完全で完璧な人間などこの世界のどこを探しても一人として存在しない。 当たり前の話である。 人は自らが不完全であることを知っているからこそ、「神」という概念を生み出したのだ。 人は自らが弱い生き物であることを知っているからこそ、互いに助け合い支…

自立とひとり暮らしをすすめるのは誰かの陰謀かもしれないという件

僕は高校を卒業して大学に入学してから40代半ばまでひとり暮らしをしていた。大学生のときはいわゆる学生専門の下宿屋で住んでいて、そこでは共同生活の要素もあったので完全な一人暮らしを始めたのは社会人になってからである。 なぜひとり暮らしを選んだか…

僕は変人が好きなのかもしれないという件

僕は他者から変人扱いされている人が好きだ。 確かに扱いづらいし付き合いにくい。ドギマギするような言動をするし、いわゆる真っ当な人とは異なる価値観を持っていてこちらがやきもきすることが多い。 でも、変人と付き合っていると面白いし勉強になるし刺…