希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

生きるということ

「おっさん」と化した僕の居場所はどこにあるのか、と常々考えているという件

僕は立派な(全然立派ではないけれども)おっさんである。 最近は体のあちらこちらにガタがきている。 まだ老眼ではないけど、長時間読書をしていると目が霞んでくる。 記憶力が衰えてきた。人の名前と顔が覚えられない。 日々「老い」に直面している。 僕の…

「カネさえあればうまくいく」という人を僕は信用できないという件

僕は社労士事務所を営んでいるとき、異業種交流会や勉強会にちょくちょく顔を出していた。今にして思えば、直接的な利益を得られることがなく、徒労に終わった感がある。しかし、色々なタイプの人たちと接することができたのは良かったと思っている。 異業種…

「お前のことを思って」した発言・行為を正当化してはならないという件〈再掲〉

「お前のことを思って言っている」をそのまま受け取って信用してはならない。 この類の物言いをする人の殆どは相手のことを本当には考えていない。単なる自己満足のことが多い。「お前のためを思って~」と相手が言い出したら、スルーしても差支えはない。 …

たまには誰かに「おせっかい」をしてみようという件

今は「自己決定」「自己責任」が尊いとされている。 すべては個人の責任において対処すべきだと刷り込まれている。 「人に迷惑をかけてはいけない」と幼少の頃から叩き込まれ、同時に誰かに迷惑をかけられることを嫌うというメンタリティが醸成されることに…

「世の中間違っている」と僕は言いたくないという件

今の世の中は決して公正でもないし、多くの矛盾や歪みに満ち満ちている。 僕は自分が今置かれている境遇を「世の中が間違っている」せいにしたくない。 自分がビンボーなのもダメ人間なのも自分が選んでそうなったのだ。 しかしながら、世の中には自分にはど…

僕はカネ儲けの才能が全くない、けれど悲観はしていないという件

僕はビンボー生活を長い間続けている。 元々が勤労意欲が低いことと、消費意欲が低いことも相まってカネを沢山稼ごう、という意欲が湧いてこないのである。 物欲を満たすために馬車馬のように働く人生なんて考えられないのだ。 自分の好きなことをして過ごす…

結婚して、持家を買ってこそ一人前という風潮が未だ残っているという件

40歳を超えたあたりから親や親戚から「結婚はまだ?」と言われなくなった。 もう諦めたのだろう。生き方の多様化という社会の流れも関係しているのかもしれない。僕にとっては喜ばしいことである。 しかし、世間ではそうはいかないようだ。以前のいくつかの…

嫌いな人と付き合う必要はないという件〈再掲〉

僕たちは「好き嫌いを言うな」と幼少の頃から教えられる。 食べ物の好き嫌い、人の好き嫌い、いずれも好ましくないこととされている。 好き嫌いを言うことが単なる我儘とされる社会は何となく息苦しく感じられる。 初出 2017/9/28 人との付き合いは厄介なも…

「言葉にできないこと」は山ほどある、という件

ヒトという種がこれほど進化し繁栄を謳歌できるのは言葉を身に付けたからだと言われている。 コミュニケーションの手段は幾つもあるが、言葉がその主たるものであることは確かである。言葉の持つ力は大きなものだ。 ところが、言葉は人の思考をすべて表せる…

「カネよりも命が大事」という当たり前のことを分かっていない人が多くいるという件

一番大切なものは自分の命である、というのは当たり前の話である。「命あっての物種」なのである。 カネは生きていくうえで大切なものではあるが、その優先順位は命よりも劣るもののはずである。 しかしながら、「命よりもカネが大事」と考えている御仁が多…

何故「ヒマ」を嫌う人が多いのだろう、と首を傾げてしまうという件

このブログで何度も言及しているように、僕はヒマ人である。 なかなかに筋金入りのヒマ人と言ってもいい。 本当はボーっとして過ごしたいのだけれども、僕の性分なのかそれができないでいる。 仕事をしている時間(真っ当な人から見れば微々たる時間だが)以…

人と自分とを比べなくなってから、何となく生きることが面白くなってきたという件〈再掲〉

僕たちは幼少の頃から人と比べられて評価をされ続けている。 なかなか「自分は自分、人は人」とは言い切れない面がある。 競争社会には他者からの評価が付き物ではあるが、そればかりにとらわれると多くのものを見失うことになる。 初出 2017/9/7 僕の母は時…

僕のこれまでの人生は失敗ばかりだったけれども、それでもすてたものではないという件

僕は人の成功譚をあまり好まない。別に嫉妬をしているわけではない。 順風満帆にきた成功物語ほどつまらないものはない。そこから得るべきものはない。 失敗や挫折を積み重ねてその果てに何らかの成功を果たした物語は面白い。 人は失敗から多くの物事を学ぶ…

人に何と言われようとも僕は頑張りたくないという件〈再掲〉

殊更に頑張りが強調される社会は生きづらい、と僕は思っている。 個人の頑張りですべてが片付くという考え方も嫌いだ。それたただの思考停止である。 初出 2017/8/24 僕は幼少の頃から頑張ることが嫌いだった。正確に言えば人に自分の「頑張っている」さまを…

僕は「個性的」という言葉があまり好きではないという件

僕はこのブログで何度も書いているように平凡な人間である。 外見的には取り立てて特徴もないし、性格もそれほど偏ってはいない(と自分では思っている)。人に誇れるような特技もない。強いてあげれば、このブログを4年以上続けていることくらいである。平…

弱いことは悪ではない、善であるという件〈再掲〉

僕たちはなかなか自分の弱さを認めることができない。 競争に急き立てられる現行の社会では他人に自分の弱さを見せてはならない。またそう思い込んでいる。弱いことが悪であるとみなされる社会は生きづらい。 初出 2017/8/17 今のこの社会では「弱いこと」は…

行き当たりばったりでも大抵は何とかなるという件〈再掲〉

僕たちは学生の時も社会に出ても計画性を求められる。 先のことなんて分かるはずがないのに、あるべき未来を想定して今の生き方を規定する。計画性がなさそうに見える生活をしていると、社会人失格のレッテルを貼られることもある。型に嵌った生き方を推奨す…

人の「やる気」を引き出そうとすればするほどその人はやる気をなくすという件〈再掲〉

僕は「やる気」を出せと押し付けるような人は信用していない。 「やる気」のみを重視する態度は悪しき精神主義・根性主義となり、思考停止に陥りがちである。 初出 2017/7/27 殆どの人はやる気を出せと発破をかけられればかけられるほどやる気をなくしてしま…

ヒマ人的生き方は楽しいという件

僕はここ数年「ヒマ人的生き方」を満喫している。 当然に懐具合は寂しいけれども、まあ何とかやりくりして生活している。 毎日馬車馬のように働いてカネを稼ぎ、消費生活を送るなんていう生活にはもう耐えられない。 以前にこのブログで書いたことだが、僕は…

ダメ人間だと自覚すればするほどワクワクしてくるという件〈再掲〉

僕は自他ともに認めるダメ人間である。以前はダメ人間呼ばわりされると怒り、傷ついたのだが今はどうってことはない。 ダメ人間にはダメ人間なりの矜持がある。それだけは忘れないでおきたい。 初出 2017/7/6 僕はダメ人間だと自覚している。このブログでも…

誰かから頼られてこそ人は成長するという件

僕は「自己実現」であるとか「成長」という言葉があまり好きではない。 そこには何やら胡散臭さを感じるからだ。 自己実現とか成長というものが、仕事に限定したものであったり、自己利益の極大化しか念頭に置いていないものだと感じられるからである。 人は…

「取り越し苦労」なんてしすぎない方が良いという件

この先どうなるかなんて誰にも分からない。 分かり切った話である。 しかしながら、予測がつかない未来のことについてあれこれと考えて「取り越し苦労」をする人が多い。 一方で今の状況が過去の時点においての未来予測の内容と食い違っていることが殆どであ…

「霊が見える人」には温かく接しようという件

僕は心霊やUFOといったオカルトものがあまり好きではない。若い頃は結構好きでオカルト関連の書籍やテレビ番組をよく読んだり観たりしていた。特に精神的に不安定な時期はオカルトにすがっていたような気がする。 メディアにはよく霊能者を自称する人が登場…

「正しい生き方」なんてこの世には存在しないという件〈再掲〉

高校や大学を出てすぐに正社員として勤め、結婚し、持ち家を所有し、老後は年金で悠々自適、という生き方がモデルケースになったのはそう遠い昔の話ではない。 均質的で画一的な生き方を強いられる社会は健全ではない。 初出 2017/6/20 人の生き方は千差万別…

「ズル休み」をすることは楽しいという件

この社会では「休む」ことに対して寛容ではない。多少の体調不良では無理してでも学校や会社に行くことが当たり前のことになっている。ましてや「ズル休み」となれば、そんなことをしてしまいバレてしまったら極悪人の扱いを受けてしまう。一日や二日ズル休…

「自己決定」「自己責任」イデオロギーから解き放たれると生きやすくなるという件〈再掲〉

「個の自立」と言えば聞こえはいいが、要するにひとりでこの世に向き合えという強者の論理である。人は古来から共同体を形成し、その中で助け合いながら生きてきた。この様々な共同体を破壊し、拠り所を失ったのが今に生きる僕たちである。 強者の論理が正し…

「やればできる」、これは時として人を追い込む言葉であるという件

僕たちは往々にして相手に対して「やればできる」と鼓舞してしまう。 また、誰かから「やればできる」と言われて、解決すべき課題に当たった経験があるだろう。 何らかの課題や障壁にぶち当たり、逡巡している人に「やればできる」といった類の言葉をかける…

誰かに認められようとすることはもうほとんどやめたという件〈再掲〉

誰でも多かれ少なかれ「承認欲求」を持っている。 この承認欲求が肥大化すると行動のコントロールが効かなくなり、精神的に不安定になったりする。また、他人の目ばかりが気になってしまう。 あまりにも承認欲求に忠実になると生きづらくなってしまうことが…

「何も起こらない」「平々凡々な」日常が続くことに幸せを見出せるようになってきたという件

僕の日々の生活は淡々と過ぎていく。 心をときめかすような出会いも皆無であり、深い悩み事もない。 仕事をしない日は自室に閉じこもり、読書をするかラジオを聴くか動画を観て過ごしている。あまり外に出て遊ぶということをしない。せいぜいが行きつけの喫…

一見役に立たない知識こそが実は大切であるという件

僕たちは何のために学ぶのか。 この根源的な問いに対しては明確な答えはない。 功利主義的に答えれば、知識を得ることあるいは学歴を得ることによって経済的な豊かさを獲得するため、ということになる。仕事に役立つ知識を得ることによって他者に比べて優位…