希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

生きるということ

世が世なら、僕は間違いなく早死にしていたという件

僕はたまにこの社会(豊かな、消費資本主義社会)に批判的な記事を書いている。ただ、よくよく考えてみれば、この社会が物質的に豊かなおかげで生き延びることができてきたことも確かである。 科学技術や医療が進歩し、物質的に恵まれているがゆえにどうにかこ…

困っている人を目の前にしたら、手助けするのは当たり前ではないの、という件

世の中には様々な理由によって困っている人たちが沢山いる。 自分の周囲にも悩んで困っている人たちがいるかもしれない。 僕は「困っている人がいたら、自分ができる範囲で構わないから助けなさい」という教えを受けてきた。この教えが当然のことだと思って…

「取り越し苦労」なんてしすぎない方が良いという件〈再掲〉

先のことなんて分からない、と頭では理解していても僕たちはついつい取り越し苦労をしてしまう。これは人としての本能なのか、あるいは後天的に身についた行動様式なのか、僕には分からない。 いずれにしても、先々のことをあれこれ考えて自分の行動にブレー…

僕には「知性」と「教養」が欠けているという件

僕には知性と教養が欠けている。それも決定的に。 このことを実感するようになったのはここ数年のことである。 僕がサラリーマンや自営業をしている時には知性や教養のことなんてこれっぽちも意識しなかった。どちらかと言えば実学志向で、仕事にすぐに役に…

「霊が見える人」には温かく接しようという件〈再掲〉

霊感が強い、と言う人は結構いる。そのことを自分の存在意義だとすることに僕は異論はない。霊感が強いと言い張る人に対して、「嘘吐き」だと詰るのは大人気のない行為である。 初出 2017/12/16 僕は心霊やUFOといったオカルトものがあまり好きではない。若…

「ズル休み」をすることは楽しいという件〈再掲〉

会社や学校をズル休みすることは楽しい。背徳感がつきまとう。 休むことは悪いことだという同調圧力が強ければ強いほど、ズル休みをしたくなる。 たかだか1日や2日のズル休みを咎めたてるような組織・社会なんてろくなものではない。 初出 2017/12/14 この社…

「ほどほどに」生きていく、ということをもっと考えてもいいのかもしれないという件

成長や自己実現や努力を至上のものとするイデオロギーに毒された社会では「身の丈に合った」生き方を志向しづらいものがある。 自分の「居心地の良さ」が第一だと僕は思うけれども、世間様はなかなか許してくれない。 僕は若いころ目に見えない何かに急き立…

定型化された格差論には危うさがあるという件

僕は貧困問題は是非とも解消しなければならないと思っている。 人としての尊厳を損なわれた状態を放置していてはいけないと考えるからである。 貧困問題とよく関連付けられる「格差問題」については、イマイチ乗り切れないところがある。 確かに経済的格差の…

将来のために今は我慢するという生き方を見直してもいいのでは、という件

僕のようなダラダラとした生き方をしていると「老後は不安にならないの」とか「将来苦労するぞ」といった類の忠告を受けることがある。 この手の忠告は真っ当で正しいものである。世間の人々に浸透した価値観である。 将来をより良くするために今は大概のこ…

友人なんて数人いれば十分であるという件

今の僕は人付き合いがかなり限定されている。連絡を取り合っている友人は数少ない。元々仲が良かった高校大学時代の友人たちとも疎遠になっている。 でも、久しぶりに会ったときには違和感なく昔のように接することができると確信している。友人とはそういう…

僕は「ヘタレ」であるという件

僕は「ヘタレ」である。 このヘタレという言葉は元々は関西圏で用いられたものだと思うが、テレビのバラエティー番組で屡々使われることによって人口に膾炙するようになった。 「ヘタレ」という語の持つ意味は、少々ニュアンスが異なるが、根性がないこと、…

一見役に立たない知識こそが実は大切であるという件〈再掲〉

昨今は高等教育において「実学」を重視する方向になっている。人文系学部を廃止せよという暴論もまかり通っている。 すぐに役に立つ知識の賞味期限は短い。 カネにならないように見える学問を軽視すると、手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。 初出 2017/11…

「努力をすれば報われる」という嘘を垂れ流し続けるのはやめようという件

僕は「努力をすれば、必ず報われる」というのは嘘っぱちだと確信している。 この一見尤もらしい物言いは多くの人たちを傷つけている。 半世紀の間生きてきて、努力しても結果が伴わないことの方が多いということを痛感している。それが人生だということなの…

会社で働かなくても成長はできるという件

僕は働くことで成長ができる、という物言いに違和感を覚える。はっきり言って嫌いである。 たまに若い人たちが「成長を感じられる」働き方をしたいと言うことがある。僕はこの類の言説をどうだかなぁという思いを抱いている。 労働と自己の成長を結びつける…

僕はたまたま恵まれた環境にいて、生き延びてきたという件

僕はそこそこに運がいいと自覚している。 また、そこそこ恵まれた環境に身を置き続けていると自認している。 真っ当とされるレールから外れた生き方をしてから久しいが、何とか生きている。 ちょっとしたボタンの掛け違えで路頭に迷っていただろうと、振り返…

ビンボーであることは決して不幸ではないという件

何度もこのブログで書いているように僕はビンボー人である。 物欲が殆どないので不便はない。 しかしながら、まとまったカネを急に要する事態となった場合に難儀する。パソコンが急に壊れたり、エアコンが急に壊れたりしたら本当に困ってしまう。 でもまあ、…

「おっさん」と化した僕の居場所はどこにあるのか、と常々考えているという件

僕は立派な(全然立派ではないけれども)おっさんである。 最近は体のあちらこちらにガタがきている。 まだ老眼ではないけど、長時間読書をしていると目が霞んでくる。 記憶力が衰えてきた。人の名前と顔が覚えられない。 日々「老い」に直面している。 僕の…

「カネさえあればうまくいく」という人を僕は信用できないという件

僕は社労士事務所を営んでいるとき、異業種交流会や勉強会にちょくちょく顔を出していた。今にして思えば、直接的な利益を得られることがなく、徒労に終わった感がある。しかし、色々なタイプの人たちと接することができたのは良かったと思っている。 異業種…

「お前のことを思って」した発言・行為を正当化してはならないという件〈再掲〉

「お前のことを思って言っている」をそのまま受け取って信用してはならない。 この類の物言いをする人の殆どは相手のことを本当には考えていない。単なる自己満足のことが多い。「お前のためを思って~」と相手が言い出したら、スルーしても差支えはない。 …

たまには誰かに「おせっかい」をしてみようという件

今は「自己決定」「自己責任」が尊いとされている。 すべては個人の責任において対処すべきだと刷り込まれている。 「人に迷惑をかけてはいけない」と幼少の頃から叩き込まれ、同時に誰かに迷惑をかけられることを嫌うというメンタリティが醸成されることに…

「世の中間違っている」と僕は言いたくないという件

今の世の中は決して公正でもないし、多くの矛盾や歪みに満ち満ちている。 僕は自分が今置かれている境遇を「世の中が間違っている」せいにしたくない。 自分がビンボーなのもダメ人間なのも自分が選んでそうなったのだ。 しかしながら、世の中には自分にはど…

僕はカネ儲けの才能が全くない、けれど悲観はしていないという件

僕はビンボー生活を長い間続けている。 元々が勤労意欲が低いことと、消費意欲が低いことも相まってカネを沢山稼ごう、という意欲が湧いてこないのである。 物欲を満たすために馬車馬のように働く人生なんて考えられないのだ。 自分の好きなことをして過ごす…

結婚して、持家を買ってこそ一人前という風潮が未だ残っているという件

40歳を超えたあたりから親や親戚から「結婚はまだ?」と言われなくなった。 もう諦めたのだろう。生き方の多様化という社会の流れも関係しているのかもしれない。僕にとっては喜ばしいことである。 しかし、世間ではそうはいかないようだ。以前のいくつかの…

嫌いな人と付き合う必要はないという件〈再掲〉

僕たちは「好き嫌いを言うな」と幼少の頃から教えられる。 食べ物の好き嫌い、人の好き嫌い、いずれも好ましくないこととされている。 好き嫌いを言うことが単なる我儘とされる社会は何となく息苦しく感じられる。 初出 2017/9/28 人との付き合いは厄介なも…

「言葉にできないこと」は山ほどある、という件

ヒトという種がこれほど進化し繁栄を謳歌できるのは言葉を身に付けたからだと言われている。 コミュニケーションの手段は幾つもあるが、言葉がその主たるものであることは確かである。言葉の持つ力は大きなものだ。 ところが、言葉は人の思考をすべて表せる…

「カネよりも命が大事」という当たり前のことを分かっていない人が多くいるという件

一番大切なものは自分の命である、というのは当たり前の話である。「命あっての物種」なのである。 カネは生きていくうえで大切なものではあるが、その優先順位は命よりも劣るもののはずである。 しかしながら、「命よりもカネが大事」と考えている御仁が多…

何故「ヒマ」を嫌う人が多いのだろう、と首を傾げてしまうという件

このブログで何度も言及しているように、僕はヒマ人である。 なかなかに筋金入りのヒマ人と言ってもいい。 本当はボーっとして過ごしたいのだけれども、僕の性分なのかそれができないでいる。 仕事をしている時間(真っ当な人から見れば微々たる時間だが)以…

人と自分とを比べなくなってから、何となく生きることが面白くなってきたという件〈再掲〉

僕たちは幼少の頃から人と比べられて評価をされ続けている。 なかなか「自分は自分、人は人」とは言い切れない面がある。 競争社会には他者からの評価が付き物ではあるが、そればかりにとらわれると多くのものを見失うことになる。 初出 2017/9/7 僕の母は時…

僕のこれまでの人生は失敗ばかりだったけれども、それでもすてたものではないという件

僕は人の成功譚をあまり好まない。別に嫉妬をしているわけではない。 順風満帆にきた成功物語ほどつまらないものはない。そこから得るべきものはない。 失敗や挫折を積み重ねてその果てに何らかの成功を果たした物語は面白い。 人は失敗から多くの物事を学ぶ…

人に何と言われようとも僕は頑張りたくないという件〈再掲〉

殊更に頑張りが強調される社会は生きづらい、と僕は思っている。 個人の頑張りですべてが片付くという考え方も嫌いだ。それたただの思考停止である。 初出 2017/8/24 僕は幼少の頃から頑張ることが嫌いだった。正確に言えば人に自分の「頑張っている」さまを…