希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

最近テレビがつまらなくなってきたと感じるのはなぜだろう、という件

テレビが面白くなくなってきたと感じている。あくまで個人的な感覚であり、本当にテレビ番組自体が劣化しているのか僕の趣味嗜好が変わったためのものなのかそれは分からない。 まあ、そんなことを言っていては話が進まないので、ここはテレビがつまらなくな…

「先のことは分からない」という事実を僕たちは看過しているのではないかという件〈再掲〉

将来に不安を抱えている人たちは多い。 当たり前の話である。誰も先のことなんて分からない。 しかし、先のことが分からないからこそ希望が持てるのである。 初出 2017/3/2 未来に起こることなんて誰にも分からない。 マクロな視点からの未来予測が困難であ…

昔ながらの喫茶店が好きだという件

僕は昔ながらの喫茶店が好きである。 残念ながら今はチェーン店が興隆の時代であり、個人がひっそりと街中で営む喫茶店が減っている。 昔ながらの喫茶店の良いところはタバコが堂々と吸えることである。チェーン店のように店の片隅に追いやられることもない…

何でもかんでも「教育が悪い」と言っていればいいわけではないという件

教育に関する話題となると多くの人は熱くなり持論を語りたがる。 受験競争、偏差値偏重主義、エリート教育の是非、学力低下等々手を変え品を変え様々なトピックが登場し、そのたびに自称教育評論家があちらこちらから湧き出てくる。 多くの人たちは過剰に教…

社会保障やセーフティネットを手厚くすると人は怠惰になるのか、という件

ごくごく当たり前の話であるが、僕たちは健康で文化的な生活を営む権利を有している。 誰もが知っている憲法25条の生存権保障の規定である。国家は国民の生活を保障する責務がある。 ただ、最高裁はこの憲法の規定をプログラム規定ととらえ、国家の責務とま…

「自己責任」を突き詰めると超人的な人しか生き残れなくなるという件〈再掲〉

自己責任とは便利な言葉である。何らかの問題を抱えた人に対して「自己責任」だと言っておけば済むからである。とても冷たい言葉である。 人はすべての行動に対して自己責任を取れるほど強いものなのだろうか。 初出 2017/2/28 一昔前は世に自己責任論が跋扈…