希望の舎―再生編ー

ライフサポーター&開運アドバイザーが書き綴るブログです。「あなたの心に灯をともす」ため、先人が伝承し語り継いできた叡智を伝えます。テーマは歴史/教育/宇宙論/仕事/居場所/心と体の癒し/健康法/開運法/運気アップ/民俗学/文化人類学/食養生法/少食/自然医学/甲田療法/中村天風/斎藤一人/エドガー・ケーシー/生きづらさ

「石の上にも三年」を鵜呑みにしてはならないという件

僕はかつて年長者から「石の上にも三年」的な説教をしばしば受けたことがある。その時は釈然としなかった、と覚えている。

なぜ嫌なことを我慢しなければならないのか。無理してまでも嫌なことをやり続けなければならない理由がどこにあるのか。「石の上にも三年」的な言説はそれらの疑問に対する根本的な解決を示すものではなかった。

 

根性論や精神論が好まれるこの社会では我慢が美徳だという風潮が蔓延しがちとなる。「石の上にも三年」という言葉が好まれ、よく用いられるところからもそのことはいえる。

しかし、よくよく考えればこの言葉の信ぴょう性は薄いものである。

ただ、単に「我慢を続けていれば、もしかすると良いことがあるかもしれない」と言っているだけだ。我慢をすることによって失われるもの、貴重な時間とか元々持っていた意欲など、を意図的にスルーしている。

 

我慢や忍耐を強いて得する者がいる。

我慢や忍耐を強いられざるを得ない人たちがいる。

圧倒的多数は後者である。

社会の各層で支配する側に属する者たちは支配される人たちに我慢を強いて、それが美徳であるというイデオロギーを浸透させる。己の既得権益を守るため、既得権をずっと持ち続けるために。戦時中の「欲しがりません、勝つまでは」的な価値観を今も人々に植え付けようとする。そして、この手のアナクロリズムなイデオロギーを好む者たちは「個人主義」を目の敵にする。

 

「石の上にも三年」的なことを言いたがる者たちをよく見てみるとよい。

組織に安住した者たち、変化を嫌う者たち、自分の価値観を押し付けたがる者たち、他者の成功を妬む者たち、というような顔ぶれである。自分は我慢をしているのに、我慢を嫌い一歩を踏み出そうとする人たちが許せない狭量な者たちなのである。あくまで僕の偏った個人的な意見ではあるけれども。

 

僕は我慢なんか一切するな、と言いたいわけではない。

自分の幸福を追求し、その実現のための一定限度の我慢はしなくてはならないと思っている。

我慢さえすれば、後は何とかなるという態度は思考停止である。

強い言い方になってしまうけれども、僕は我慢さえすればという態度を取る人たちは人生を舐めていると思う。様々な出来事に遭遇して、我慢してやり過ごそうという態度からは何も生まれない。

「石の上にも三年」が死語になればいい、とさえ僕は思っている。

 

 

「不届き者」という言葉に僕は憧れとシンパシーを感じているという件

僕は今のこの世の中の様々な物事に怒りを感じたり違和感を覚えることが多い。だからこのブログを書き続けている。

僕が常に心がけているのは安易に多数派に与しないことである。常識や良識を妄信しないことである。この姿勢をとり続けていくと、必然的に「反体制」的、「反権力」的な主張をしがちになる。

だからと言って僕は左翼ではないし、革新派的なイデオロギーを信じているわけではない。そもそも僕は特定のイデオロギーを信じていない。

 

僕は現行の政治体制、資本主義体制を疑うこともなく受け入れることが嫌なのである。民主政や資本主義というものの本質をとらえ、それらが持つ暴力性や危険性を常に感じていたいのである。

僕が貧困問題に並々ならぬ興味を持ち、行き過ぎた格差の是正を唱えるのは、それらが資本主義の有する本質的問題であり、必然であるからだ。

ポピュリズムや衆愚制は民主政の持つ本性であり、それがさらに行き過ぎるとファシズムにつながっていく。

僕が現体制の維持・擁護に必死となっている御用学者や識者、コメンテーターたちに強い不信感を抱いているのは、僕が持っている性質、「天邪鬼」「マイノリティ好き」等によるものであって、繰り返すがイデオロギーによるものではない。

 

このような僕を表する言葉で最も適当なものは「不届き者」である。

僕はずっと「不届き者」であり続けたいのである。そのメンタリティを大切にしたいと強く思っているのである。

この不届き者という言葉はもはや死語に近い。時代劇に時々出てくる程度のものである。「お上のご政道に楯突く不逞奴だ~、この不届き者め!」の不届き者である。

僕は現体制を無条件に擁護し受け入れるメンタリティが理解できない。現政権がなす諸政策を批判すると、まつろわぬ者として排除する空気が気に食わない。少しでも政権批判をすると、すぐにサヨクだとレッテル貼りをして言論弾圧に精を出すネット民の狭量さ、見識のなさに辟易する。

自分の頭で物事を考えず、批判精神をなくしてしまったら、人は奴隷以下の存在となり、人が人でなくなる、と僕はそう確信している。

  

僕は不届き者がもっともっと増殖して欲しいと願っている。

世の中を少しでもより良い方向に変えるためには、現状維持をよしとしていてはダメなのである。少々はねっかえりでも、ラジカルでもいい。国家のすることが絶対に正しいなんて露ほどにも思っていない反骨心を持って対峙する。

不届き者たちが世の中を変えていくのである。このことは歴史が証明している。社会を変革してきたのは、その当時に不届き者とみなされていた人たちの力なのである。

 

僕は社会を変革しようなどという大それた考えは持っていない。

けれども、より良い社会にちょっとずつ変えていくために、僕の微々たる力を使いたいとは常に思っている。無名の一市井の人として。

そのためにも、僕はずっと「不届き者」であり続けたい。

「したくないこと」をやらない生き方をしたいという件〈再掲〉

この社会では「忍耐」や「我慢」が美徳とされてきた。

嫌なことややりたくないことをやり遂げることが大切だという悪しき精神主義・根性論が蔓延している。

この手の洗脳を解くことから始めなければならない。

 

初出 2016/11/8

 

僕たちは嫌なことややりたくないことをしなければならないときがある。

大抵は「人生はそんなもんだ」とか「世の中は甘くない」とか嘯いてやりたくないことを当たり前のような顔をしてやり通す。

究極の楽しくて面白い人生とはやりたくもないことなぞ目もくれずに自分のしたいことだけをするというものだ、と僕は思う。

ただ、現実はそんなことを許してくれない。いや、僕たちはそう思い込もうとしている。実際にやりたくないことをしない、ということを貫くと周囲との軋轢を生むし他者からは「自分勝手な奴」との烙印を押されてしまい何かと面倒なことになる。

 

この社会では嫌なこと、したくもないことをやり通すことが立派だと賛美されることが多々ある。

ある会社に入社しても自分のやりたい仕事、得意な仕事に従事できるとは限らない。大抵の場合、ある人がどんな仕事に就くかは会社が(人事が)勝手に決めてしまい、社員はそれを拒否できない。

僕が公務員を辞めた経緯については何度がこのブログでふれている。ひとつは残業時間の削減に努めたことが上司の不評を買ったことである。もうひとつは人事の理不尽さにあきれたからである。僕の最初の異動に際しての人事のヒアリングのときに希望の部署と行きたくない部署を聞かれたのだけれども、結果は僕が行きたくないという部署に配属されることになった。その際に上司は「うちは行きたくないところに行かせるのが人事の方針だ」といけしゃあしゃあと言ったのだ。同僚や同期たちを見渡すと、確かにほとんどの人は希望通りには異動していなくて、中には僕同様に行きたくない部署に異動させられた人もいた。これでは人事は嫌がらせをするために存在していると言っても過言ではない。市役所の職員は滅多に辞めないことを逆手にとって好き放題していたのだ。「適材適所」を無視した人事がまかり通っていたのである。

 

僕の体験をつらつらと書いてしまった。

僕は今となってはかつて所属した役所に感謝している。

やりたくないことや向いていないことを我慢してやり通すなんて本当にバカバカしいと思い知ったし、そんな我慢だらけの人生なんて面白くないとの思いに至ったからだ。

公務員を辞めてからは、僕は原則としてやりたくないことをやらないようにしようと心がけてきた。完全にそれを実行できたとは言いがたいが、無理な我慢は絶対にしないと心に決めてこれまでやってきた。

フリーランスのときは嫌な感じのする依頼を断ってきた。雇われて働くときも、我慢の限度の頃合いを低めに設定して、限度を超えたと感じたらすぐに辞めることにしてきた。おかげでずっと経済的に不安定な状態が続いているけれども、精神状態は良好のままでいる。

 

やりたくないことはやらない、という生き方はとても贅沢なものである。

失うものも多いけれども、得るものはもっとたくさんある。

僕はこれからもずっと「我慢は美徳」という風潮に抗っていきたい。

やりたくないことや嫌なことはしない、という贅沢を満喫していきたい。 

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